<   2011年 09月 ( 26 )   > この月の画像一覧
武雄は陸前高田の風になろう ゆるやかに流れ続ける風になろう。
「チーム武雄」第1陣全員無事に
昨日午後4時に帰着いたしました。

タイトルは
帰着後所感をひとことでタイプ
してみました。

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現地では、
「畑」づくり、「耕す」ことから…。

ボランティア活動の依頼者とともに
3日間みんな一丸となって
草取り、草刈り、
瓦礫の撤去、側溝の泥出しに
精を出しました。

あわせて
市内 異業種異年齢間交流は
100の会議会合よりも一回の
被災地ボランティア活動で結実。

そう、実感したところです。

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写真上は
壊れた市役所本庁舎の前にある
「大船渡警察署高田幹部交番」方面をみました。

写真下は
壊れた陸前高田市役所本庁舎玄関前です。
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by yskkyhh3 | 2011-09-30 07:12
タウン・サポート「チーム武雄」 東日本大震災ボランティア活動にいってきます。
平成23年9月25日(日)
午前7時50分 武雄市文化会館大ホール前に集合
午前8時00分 出発式

それから約24時間バスで移動

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平成23年9月26日(月)
午前8時30分 陸前高田市ボランティアセンター到着
午前9時00分 ボランティア活動開始



平成23年9月27日(火)
午前9時00分 ボランティア活動開始



平成23年9月28日(水)
午前9時00分 ボランティア活動開始

車中泊

平成23年9月29日(木)
午後5時00分 武雄市文化会館到着

誠心誠意で尽くしてきます。

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ブログなどSNSは、帰郷まで
しばらくおやすみさせていただきたくおもいます。

でも、機会あればiPhoneで受信・発信できるかも。
このブログは30日(金)から再開したく思います。

では、朝に備えて、おやすみなさい…。
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by yskkyhh3 | 2011-09-25 00:27
安藤邦廣先生 板倉つくりの仮設住宅 東北の復興の第一歩は森林から
仮設住宅は復興住宅でなければならないと思う。
だから、材料も組み立ても全て復興につながる。

つまり、物や人々の篤志を決して無駄にしない、
その場しのぎの住宅ではない「再生可能住宅」。

復興を促し続ける清らかな人々の住処であって、
人の営みを続けられる活力みなぎる住宅なのだ。

いま
安藤先生のご活躍が
あちらこちらに紹介されている。

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これまでのニュースから
整理させていただきたい。

まずは、毎日新聞6月5日付け
「仮設・復興住宅を 伝統「板倉造り」もとに」より


建築は、スギ材を主体にした「板倉構法」で、
4寸(12センチ)角の柱や土台などに溝を掘り、
そこに1寸(3センチ)の厚板をはめ込んで壁や床、屋根を仕上げていく。

「石油ではなく木を使う。空調に頼らず、
木材の持つ断熱性と、
室内の湿度を安定させる調湿性によって、
被災者にできるだけ快適な居住環境をつくることが、
木造の仮設住宅の意義」と設計した筑波大大学院教授の安藤邦廣さん(62)は説明する。

しかも木造なら、役目を終えて解体された木材を、被災者の復興住宅に再利用できる。

材木は天然乾燥で、断熱材にはもみがらとススキを使用するなど自然素材の家。
タイプは2DK(約35平方メートル)の平屋が中心で、
2LDK(約40平方メートル)や
単身向けの1DK(23平方メートル)もある。

屋根は三角。小さな屋根裏部屋がつき、軒下があるので縁側もできる。

安藤さんは日本に古くからある「板倉造り」を
取り入れた独自の板倉構法を開発した。

NPO「木の建築フォラム」の代表理事も務め、
木造の仮設住宅の意義を福島県などに提案してきた。

「今回は福島の県産材は4割程度。
残りは板倉の家づくりの木材供給拠点である徳島県から取り寄せる」という。

福島県三島町の佐久間建設工業など中小の建設会社でつくる
「奥会津IORI倶楽部」が建設を手がけ、7月末までに完成させる計画だ。

地元の職人たちへの説明を兼ね三島町に試作の住宅も建てた。

震災と東京電力福島第1原発事故により、
同県では市町村から要請のあった1万4000戸を災害協定に基づき、
プレハブ建築協会(東京都千代田区)に発注する準備を進めていた。

だが「地元にも仕事を」などの声が上がり、うち4000戸を公募制にした。
板倉構法も公募で選定された。

「公募では鉄筋、鉄骨は500戸のみ。あとの3500戸は木造でログハウスなどもある」
(同県建築住宅課)という。

 「大切なのは、仮設に使った木材を本設の住宅に生かすこと。
東北の復興の第一歩は、森林から」と安藤さんは説く。


下の写真はブログ「里山通信」より↓
http://blog.livedoor.jp/satoyama_architect/archives/2879903.html

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次に関連で「地域経済活性化、ビジネスモデルに天然住宅バンク」の紹介


一般社団法人「天然住宅バンク」(東京都目黒区、03・5726・4226)は
「仮設じゃない『復興住宅』プロジェクト」を始動した。

「震災で家を失った人々が安心して生活できる住宅を」と
同バンクでは東北の木材を生かした伝統工法(板倉造り)の建築プランを考案した。

宮城県栗原市の栗駒山の山林から切り出したスギやヒノキの無垢(むく)の木材を使い、
壁の素材や壁紙の接着剤なども天然成分のエコ住宅だ。

「山側で加工し、現場で木組みをする。工期は基礎工事を除けば2週間程度。
雇用をつくるために地元の工務店が請け負う仕組みにする」と
設計を手がけた建築家の相根昭典さん(57)は言う。

間取りは2Kが中心で価格は450万円程度(人件費込み、税別)。
6月下旬には宮城県気仙沼市の協力者の敷地に広めのモデルハウスを完成させ、
ソーラーシステムや太陽光温水器、コンポストのトイレなども取り付ける。

同バンクでは、被災者が復興住宅を建てるための低利(2%単利)の融資事業を始め、
出資者(一口5万円以上)や寄付者を募っている。

「バンクの融資と補助金などを組み合わせて少しでも被災者の負担を軽くする。
将来も活用できる復興住宅を東北のみなさんの力で建て、
地域経済を活性化させるビジネスモデルにできれば」と相根さんは強調する。


つづく

今日も昨日につづき発明クラブです。
「ロケット」の次は「潜水艦」です。
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by yskkyhh3 | 2011-09-24 07:58
小屋と倉 安藤邦廣先生のこと 関連で Ms日記 について
昨日、一冊の御本と出会った。

「小屋と倉」

私が探していたのは、これだ。

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これこそ運命的な出会いです。

「安藤邦廣先生」

よろしくお願いします。

http://www.geijutsu.tsukuba.ac.jp/~ankuni/

http://www010.upp.so-net.ne.jp/onhome/kodawari/itakura.html


http://inax.lixil.co.jp/publish/book/detail/d_058.html




実は
図書館司書に依頼して探していた本は
「現代の数寄屋」という大型本だった。

のですが…。

司書に
案内してもらいその棚の前に来たとき
小さなこの御本が目に入って手に取る。

これがはじまりです。

「木組みのかたち」
鍵となることばが沢山並べられていて
「板倉造り・北上の板倉・気仙大工」
などなど…。

本を借りようとしたら、区域外でダメ。
仕方がないので帰宅後アマゾンで検索。

下記抜粋して、すこし転記します。


【内容紹介】

日本各地に存在する木組みの小屋。
地域の気候や風土、目的によってその形式は様々で、
小屋は地域の人々の暮らしを支え、地域の記憶を集積しており、
小屋は自然環境や地域社会の暮らしや経済などを反映している
といっても過言ではない。

しかし生活の在り方が変わった現代、
小屋の多くは失われつつある。

本書では、
筑波大学安藤研究室の全国に及ぶ調査記録・データから、
日本建築の財産でもある小屋を、
民俗学的・文化人類学的見地から読み解く。

【著者略歴】

安藤 邦廣

筑波大学大学院人間総合科学研究科教授。
工学博士。
建築家。
1948年宮城県生まれ。

九州芸術工科大学工学部環境設計学科卒業。
東京大学助手を経て1998年より現職。

専門分野:日本及びアジアの伝統的住宅の研究、
木造建築のデザインと技術開発の研究


関連でMs日記にリンクしておきます。
http://blog.ms-a.com/?cid=1
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by yskkyhh3 | 2011-09-23 06:59
肌寒く感じた昨晩、秋らしくなってきました。
9月に入っても夏のような日射しでした
が、
台風一過でがらりと秋らしくなりました。

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今朝、
九州北部は、高気圧に覆われて概ね晴れ。

明日はいよいよ
武雄市少年少女発明クラブの特別講座
「ロケットプロジェクト」の総仕上げ
モデルロケットの制作と打ち上げです。

風もなく穏やかな朝をむかえています。
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by yskkyhh3 | 2011-09-22 06:59
榧の木(カヤノキ) しぶい黄金色
富貴寺はカヤノキで出来ている。
カヤノキの特徴を整理してみた。

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イチイ科カヤ属
常緑針葉樹
裸子植物

成長は極めて遅い。
種子は食用や薬用。

由来は、この木を燃やすと煙に薬用成分があり蚊を追いやる効果がある。
このことから「蚊遣り木」と言われ、これが詰まってカヤになった。

カヤでつくった碁盤・将棋盤は最優秀。
特に宮崎県日向地方と奈良県春日山が産地として有名。

表面の仕上りは良好。光沢があり緻密で美しい。
経年変化が美しく、独特なしぶい黄金色になる。

「山のダイヤモンド」と言われることもある。

早材から晩材への移行が非常に緩やかな。
年輪はあまりはっきりしない。

年輪幅は狭く、波状を呈することがある。
独特の匂いがある。樹脂分が多い。

弾力に富む。
白蟻に対しても大変耐久力が高い。
特に水湿に強い。

樹高20~35m、樹径3.0mに達する。
雌雄異株。葉は扁平線状、革質で厚く、先端は鋭い。

用途は建具、家具、風呂桶、水桶、船舶材(和船の船底材、船縁)、
碁盤・将棋盤、彫刻材、車両材、漆器の生地、算盤玉、数珠など。

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by yskkyhh3 | 2011-09-21 04:04
富貴寺参拝のあとは金鱗湖で朝食
豊後高田市の富貴寺参拝を終えて
湯布院に到着したのが午前9時頃。

温泉は午前10時からとのことで、
朝食がまだだった事から金鱗湖へ。

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駐車場を探していたら、ちょうど
良いところに気の利いたお店あり。

おいしいコーヒーとトーストか…。

そのままCafe La Rucheにはいる。
すでに店内にはたくさんの女性客。

席がなかったので待つ事約10分。

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自動車で金鱗湖へ来たらおすすめ
'Cafe La Ruche'です。

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乗用車数台は駐車できそうです。
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by yskkyhh3 | 2011-09-20 07:05
行ってきましたよ富貴寺に、豊後高田市へ。
宇佐神宮の氏寺の朝は静寂に包まれていた。
富貴寺はひっそりと、そしてどっしりと…。

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まず、私と次男坊がその静寂を解いてしまった。
つぎに、カメラのシャッターの音が境内に響く。

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富貴寺大堂の中にひとりの僧侶が入っていった。
表からではなく、裏からである。何かが始まる。

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つづいて
篤志参拝者とおぼしき一人の男性が入った。

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僧侶が男性に向かって話をしている模様だ。
「禅を組むにあたって…」云々…。

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正面向かって左側のこの扉。
そこから聞こえる僧侶の声。

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男性の声はほとんどしない。

私どもは、大堂を後にした。
今朝、7時くらいのことだ。

豊後高田にある国宝富貴寺。

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この技術を現代に蘇らせた、
堀部安嗣氏作「那珂の家」。

ますます、気に入りました。
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by yskkyhh3 | 2011-09-19 18:31
明日あさ 天気がよければ富貴寺にいってみよう。
そう、国東にある国宝の大堂を拝しに…。

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那珂の家のヒントとなった、富貴寺に…。
「九州最古の木造建築物」との氏寺に…。

下記、ウィキペディアより抜粋し、整理。

【建築様式】

大堂(国宝)「おおどう」と読む。

急な石段の上の、斜面を削平した小高い土地に建つ。
屋根は宝形造(ほうぎょうづくり、
大棟のないピラミッド状の屋根形態)、瓦葺き。

この堂の瓦葺きは、上方がすぼまり、下方が開いた特殊な形の瓦を
次々に差し込んでいくもので「行基葺き」と呼ばれる。

堂は正面柱間が3間、側面が4間で、正面幅よりも奥行が長い。
堂内後方に仏壇を置いて、その前方に礼拝のための空間を広く取っている。

小規模な建築であり、扉など、後世の修理で取りかえられた部分もある。
九州に残る和様の平安建築として、また、六郷山の寺院群の最盛期をしのばせる数少ない遺物。

歴史的価値が高い。


【歴史】

富貴寺のある国東半島は、神仏習合の信仰形態をもつ宇佐八幡と関係の深い土地。
富貴寺は、国東半島の他の多くの寺と同様、養老2年(718年)の開創と伝える。

国東半島に点在する「六郷山」の寺院群については、古い時代の遺品や記録が乏しく、
その成立経緯等はなお不明な点が多い。

日本古来の山岳信仰の霊地、修行の場としてあったものが、
奈良時代末~平安時代初期頃から寺院の形態を取り始め、
宇佐神宮の神宮寺である弥勒寺の傘下に入ったものと推定される。

弥勒寺は当初法相宗の寺院であったが、平安時代後期には天台宗となり、
六郷山の寺院も比叡山延暦寺の末寺となった。

富貴寺には、久安3年(1147年)の銘のある鬼神面があり、
このころまでには寺院として存在していたと思われるが、
それ以前の詳しいことはわかっていない。

宇佐神宮大宮司・到津(いとうづ)家に伝わる貞応2年(1223年)作成の古文書のなかに
「蕗浦阿弥陀寺(富貴寺のこと)は当家歴代の祈願所である」旨の記載がある。

12世紀前半~中頃、宇佐八幡大宮司家によって創建されたものと推定されている。

現存する大堂は12世紀の建築と思われ、天台宗寺院にしては、浄土教色の強い建物である。

富貴寺を含め六郷山の寺院では神仏習合の信仰が行われ、
富貴寺にも宇佐神宮の6体の祭神を祀る六所権現社が建てられていた。

天正年間(1573年 - 1592年)、キリシタン大名大友宗麟の時代に、
多くの仏教寺院が破壊されたが、富貴寺大堂は難をまぬがれ、
平安期の阿弥陀堂の姿を今に伝えている。

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by yskkyhh3 | 2011-09-18 21:09
住田型応急仮設住宅とエアストリーム
平面図を見てみましょう。
まずは住田型応急仮設住宅。

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http://www.rinya.maff.go.jp/j/kaigai/pdf/sumita.pdf

続いてエアストリーム

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http://www.airstreamjapan.co.jp/lineup_sport.html

どちらも被災地で
何処よりも迅速に
支援されたことに
今更ながら脱帽!!

武雄市もどこよりも
はやく支援しています。

http://ja-jp.facebook.com/takeocity?sk=app_201460523216173

わたしは、やっと
「チーム武雄」として
陸前高田市に行きます。

http://ja-jp.facebook.com/takeocity?sk=app_236453269710449

今月25日(日)からです。
微力ではありますががんばります。
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by yskkyhh3 | 2011-09-17 08:21