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Binalong Cottage Kindergarten オーストラリアの保育園
今日は、仕事で多文化社会の就学前児童や保護者へのサービスの事前調査。
オーバーンのさらに西の'Pendle Hill'というところだ。

ここもとても国際色豊かなところ。
インド系コミュニティーが多くすむところと聞いている。

'long Day Care'
'Eariy Learning Program'

を中心にして、そこに生活する人々の臨場感を報告できたらと思う。

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29/08/2009 Auburn Vatan

昨晩は、オーバーンで出会ったモハマド・レアーズさん親子と夕食。
チャッツウッドのお寿司やさんでご一緒させていただいた。

今日は娘さんと大学の方へ出向かれるとのことだ。
とてもまじめで勤勉な方々である。
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by yskkyhh3 | 2009-08-31 06:23
Auburn 'Vatan' オーバーン 「わたし日本人です」
http://www.eatability.com.au/au/sydney/vatan/

かつて世界の中心として栄華を極め、富が集中したところペルシャ。
紀元前3000年頃から始まるといわれ悠久の歴史をもつイラン・イスラム共和国。

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29/08/2009 Auburn

多民族国家として
北にカスピ海とアゼルバイジャン共和国、トルクメニスタン、
南にペルシア湾とオマーン海、
西にはトルコとイラク、
東はアフガニスタンとパキスタンと国境を接す。

日本の約4.5倍という国土面積には、イスラム教を国教としながら、
国民の約半分を占めるペルシア人(ペルシア語を話す人)のほか、
アゼリー(アゼルバイジャン語を話す人)、
ギーラーン人、クルド人、アラブ人、バローチ人、トルクメン人、ユダヤ人、アッシリア人など
が暮らす、多民族国家をなす。

オーバーンはそんなイスラム・コミュニティーの街、だと思う。
車をスーパーの駐車場に止めて、散策した。実は二回目なのだ。

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29/08/2009 Auburn 'Vatan'

http://www.eatability.com.au/au/sydney/vatan/

わたしたちは'Vatan'というレストランに入った。
イスラム教徒のひとたちは8月22日からラマダン(断食)とあってか、
お客さんは私どものほか、一組のみ。

「このお店で人気のあるメニューをください」と英語でいいながら、
妻とわたしは日本語で、店員さんとは英語でやりとりをしながら、選んでいた。

料理が決まって、席に着いてまっていると、そのもう一組のお客さんから声をかけられた。
「こんにちは、わたしも日本人です」と日本語で。

わたしはビッックリした。色が黒く、決してアジア系の人種とは思えない。

彼は続けて「わたしは沖縄出身なので、色が黒いのです」と
明らかに冗談だとわかるように笑いながら、これもまた日本語で話しかけてこられた。

合点だ。わたしも笑いながら「わたしも九州出身なので色が黒いです」と返した。

私どもは打ち解けて、それぞれ自己紹介をした。
彼は日本の成田でカーディーラーを営む社長さんだった。

今朝、シドニーに着いたとのことで、娘さんとひさしぶりの再会。
娘さんはこちらで勉学に励む大学生。

お父さんはかわいい娘に会いにいらしていたのだ。
娘さんは断食中で、飲み物もいっさい口になさっていらっしゃらなかった。

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by yskkyhh3 | 2009-08-30 05:31
「いじめられる側に問題はない、という原則」からの考察
橋爪大三郎先生による「寛容のレシピ」の解説は明晰だ。
いまこうして先生の「多文化主義」を学ばせていただいていることを幸せに思う。

そして、いつも私をサポートしてくれている同僚職員のケンに心から感謝申し上げる。

ケンはオーストラリアの教育を受けたすばらしい人物である。
あわせて日本の精神が彼の心身には宿っている。わたしはそう信じている。

一昨日、ケンに聞いたことが一つ。
「日本の学校では『道徳』という授業があるが、こっちではあるかい?」

ケンは答えた。
「あるよ。そうだねー。日本語になおすと『ガマン』っていう授業かな。」

「なんだよ、その『ガマン』っていうのは、何の訳だい?」

「ほらこれ。'tolerant'」

「なるほど。『寛容』と訳する言葉かな。でも'tolerant'は『ガマン』なのだね。」

「うん。そう。『ニンタイ』っていってもいいかな。」

「この辞書には『寛容』っていう訳もあるけど、どう思う?」

「ふふっ。そうねえ。」

この会話からお気づきのかたもあるかと思うが
日本と豪州の視点は明らかに違っている。

ひとことで言えば「客観的」と「主観的」、
「傍観者的」と「当事者的」な視点ではなかろうか。

わたしはケンのいっている『ガマン』の意味が
「寛容のレシピ」を読みながらわかってきた。

ありがとう。ケン。またひとつ考えがひろがって来たよ。


日本社会が「多文化社会」に脱皮するためには、
いまの反差別教育のあり方を、
根本的に見直す必要があると思う。


これが課題。


最近のいじめの特徴は、クラスのなかで、誰がいじめの対象になってもおかしくないことである。
ちょっとした服装や言葉づかいや行動や家庭環境の違い。
目立つ態度や目立たない態度。
勉強ができたり、できなかったりすること。

どんな理由もいじめの犠牲者に仕立てるのに十分である。
しかも、中立は許されない。

いじめに加わらないと、こんどは自分がいじめられてしまうかもしれない。
おそらくこれは、戦後社会が飽和して、日本全体が平準化してきたことと関係があるだろうが、
誰がいついじめられても不思議ではない状況がうまれている。

そこでもしも、反いじめ教育をしようと思えば、「いじめてはいけません」ということと同じくらい、「いじめられたらどうするか」を教えなければならないはずである。

(また、「誰かが誰かをいじめていたら、自分はどうするか」も教えなければならないはずである。)

誰が誰をいじめても不思議はないのが世の中だから、これがリアリズムというものだ。

そして、いじめられることには理由がない、いじめる側に一切の責任がある、という原則
をゆずらないことが大切だ。

(こんなにみんなにいじめられているのは、いじめそれ自体にもまして、
いじめられた人間を傷つける。)

いじめる/いじめられる、が対称でなければならないことは、
いじめのケースでわかりやすいだろう。

同じことが、差別にも言えなければならない。
差別する/差別される、は対称である。

誰がいつ、差別してもおかしくないのと同様に、誰がいつ、差別されてもおかしくない。

「多文化社会」とは、そうした社会なのだ。

グラスビー氏が描いているオーストラリア社会が、様々なコミュニティー(民族集団)から
成り立つ社会であることは、本書を読めばよくわかる。

そこでは、だれもがマイノリティーの一員である。
だから、いつ差別されてもおかしくない。

そこでは、差別しないように自制することより、
差別されないために戦う(差別されてもへこたれない)ことのほうが、
ずうっとずうっと大事なのである。

「差別してはいけません」と教えたのでは、
自分が差別される側に回るかもしれないという危機感が育たない。

「多文化社会」は、誰もがマイノリティーであって、しかも人権が守られ、
のびのびと自由に生きられる社会だ。

日本社会が「多文化社会」に脱皮するためには、今の反差別教育のあり方を、
根本から見直す必要がある。


日本の反差別教育現場ではとても「優等生的」な視点から論が展開される。それが現状。
形式的には教壇に立つ「正しい先生」とそれを受け取る「生徒」の空間が用意される。

はじまると

いじめられる対象が仮定され、被差別者が仮定される。
「世の中には、差別をされている人がいる」ということが提示される。

いじめを行うのは、差別をするのは、彼ら以外の多くの人であると仮定される。
このときほとんどの受講者は自動的にいじめる側、差別する側におかれる。

しかし優等生的な正しい授業は
受講生をしてすぐにいじめる側、差別する側から離れるのを促す。
決していじめてはいけない。差別してはいけない。と

そうして、いじめや差別を「してはいけない」という結論が導かれ、
生徒は「正しい先生」から「優等生的」な教育を教授されたことでおわる。

このプログラムを何回も何回も受講してるとどうなるだろう。

おそらく
受講者は正しい見識のある多数派の「優等生」に平準化されるだろう。
差別したりはしないだろう。いじめもしないだろう。

これが日本の反差別教育、反いじめ教育の構造であろう。

でも、もしも

その優等生が差別されたら、いじめられたら、
その彼は自分自身で解決するであろうか。

その彼はその術を教わっていない。思考法も授業では教わっていない。
差別してはいけない。いじめてはいけない。と教育はなされるが

決して「差別されたらこう対処せよ」とか「耐えろ」とか教わっていない。
考え方もわからないから「いじめられた」ことから抜け出られない。
「差別された」ことで思考は停止してしまう。

でも彼には決して問題はない。
誤解のないように再度言うが、彼には問題はない。

結局のところ問題は、受講生が、
いじめられる側に、差別される側におかれることがない構造上の欠陥にある。

「被差別者に目を向けさせられた」受講者はこう感想するだろう。
「彼らはなんと哀れなんだろう。私は彼らではない。とにかく私は彼らを差別をしない。」と。

またあるひとはこういうかもしれない。

「どこに差別があるのでしょうか」「どこにいじめがあるのでしょうか」と。
存在すら認めようとしないひともいるかもしれない。

しかし、この思考にも無理がある。

オーストラリアは逆だ。
いじめられる側から、差別を受ける側からすべてを考えていく訓練。

先生も生徒も差別される脅威にどう向かうか。いじめの脅威からいかに自分を守るか。
そういう危機感からの考察がおこなわれている。

危機管理をオーストラリアの多文化主義から学ぶ。
教育プログラムの根本的な違い。

ますます、魅力のあるオーストラリアである。

平準化された日本人は
得体の知れないなにかから
「我慢」とか「忍耐」とかの言葉を
忘れさせられてしまっているのかも知れない。

少なくとも、おそらく、日本の戦後の反差別教育、反いじめ教育の構造上の欠陥は
パソコンに巧妙にしかけられたウイルスか、故意でなければバグのように
いままで誰ひとりとして気づくともなく動き続けてきたことのように思えてならない。
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by yskkyhh3 | 2009-08-29 05:11
オーストラリアの多文化主義からなにを学ぶか
「寛容のレシピ」の解説のタイトルをそのまま挙げた。
昨日、私は橋爪大三郎先生の執筆によるこの解説から読み始めたのだ。

かつてこのブログで描いていた私のもやもやとした考えが
明晰な文章となって記されていることに感激したことによる。

その部分を少しだけ、引用させていただき、ご紹介に変えたい。
実は橋爪先生も引用なさっているのだが・・・。


・・・・略・・・・
小熊英二さんという若手の学者が、『単一民族神話の起源』(新曜社、1995年)、
『<日本人>の境界』(新曜社、1998年)という本を書いた。

そして、1945年に日本が敗戦を迎えるまで、日本(当時、大日本帝国と称した)は、
さまざまな民族からなる多民族国家と考えられていたことを明らかにした。

当時は当たり前だったこの認識が、なぜか戦後忘れられ、「日本は単一民族国家」みたいに
なんとなく思われるようになったというのである。

冷静に考えてみればわかるが、1895年に台湾を領土に加え、1910年に朝鮮半島を併合したのだから、
大日本帝国は明らかに多民族国家だった。

そればかりではなく、・・中略・・明治維新の直後から、日本人の民族系統についてたびたび論争があり、
いろいろな系統が合わさったものだという説がだいたい優勢だった。

・・・中略・・・・

明治時代の人々は、突然現れた欧米の白色人種を恐怖し、戦争をして負けるのではないか、
黄色人種として差別されるのではないか
(実際、アメリカでは1924年に「排日移民法」が成立するなど、差別された)
とびくびくしていたことである。

国内では日本人が多数派でも、世界全体から見れば圧倒的に少数派で
頼りない存在だという、現在の日本人よりもはるかに「正常な感覚」をもっていた。

この意味で、アジアやアフリカの、欧米列強の植民地にされてしまった人々に対する共感能力は、
経済大国で傲慢になって以降の日本人よりも、ずっと豊かだった。

・・・・略


また、続けて


戦後日本では、日本人だけが日本の領土に住んでいて日本国をつくっているという
「単一民族神話」が信じられやすくなっている。それだけ、「多文化社会」に遠い。
こういう国は、世界中を見渡しても、あまりないのではないか。


わたしはひとり静かに笑みを浮かべた。
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by yskkyhh3 | 2009-08-28 08:22
「寛容のレシピ」を読み始める
多文化主義を学んでいると、よく目にするのが「寛容」という言葉だ。
多文化主義を象徴するかのような言葉。「寛容」。

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09/07/2009 Alice Springs

公立高校の授業の中に「寛容の時間」が設けられているらしい。
現地スタッフのひとりは、そうした教育環境によって育てられたに違いない。
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by yskkyhh3 | 2009-08-28 06:12
'You Tube'にみる多文化主義から経済合理主義への流れ






今朝、武雄市の'You Tube'「平成21年7月中国・九州北部豪雨(武雄市)」を
再度見てみようとサイトにいってみたら「あなたへのおすすめ」に
青山テルマさんのアーカイヴがあった。

日頃私どもがお世話になっている「フェルナー先生ととてもよく似ているなあ。」
妻にそういいながら、思わずクリックして寄り道をしてしまった。

そのとき、私はこう思った。あらためて。
「シドニー生活をしていてもちゃんと武雄市を日本の音楽シーンを感じることができる。」
それもたいした労をともなわずにである。

シドニーでマイノリティといわれる私ども日本人とおなじように
同じマイノリティの彼の人たちもこんな感じで、毎日の生活を送っているのだろうか。

そんな、イメージを抱きながら、疑似体験してみようと試みる。

レバノン、イタリア、アフガニスタンで検索。
http://www.youtube.com/watch?v=xb2h-SXAvUE
http://www.youtube.com/watch?v=gLb-n6OUfyk
上位ヒットした音楽である。

'2009 Multicultural Marketing Conference'への参加は大変有意義であった。
いまのシドニーの流れを感じる。会場には「時代の潮流」が在った。
といったら大げさか。

週末は、妻を誘って、再びオーバーンにいってみよう。
http://www.youtube.com/watch?v=xb2h-SXAvUE
http://www.youtube.com/watch?v=gLb-n6OUfyk
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by yskkyhh3 | 2009-08-28 05:44
Kindergarten@Pendle Hill 就学前教育と保護者、保育園経営者
http://www.careforkids.com.au/search/ccresults.asp?areaID=21

就学前のこども達、就学直後の児童。
保護者。特に子育てをするお母さんやお父さん。

オーストラリア、とりわけシドニー近郊ではどんな一日を過ごしているのであろうか。
「多文化主義」からの「幼児教育」へ、その興味は尽きないところである。

私の息子達は既に17歳と15歳である。
いま、息子達の保育園時代を思い出している。

二人とも武雄市北方町にある大崎保育園にお世話になった。
おかげさまで二人とも立派に成長させていただいている。

そのころは、ほとんど毎日、こども中心に家庭は動いていた。
保育園への送り迎えの規則正しい毎日が基礎となっていたように思う。

そんななか、保護者同士のつながりも次第に深くなっていき、
自ずと子育てのあたらしいコミュニティが形成されていった。

http://www.hotfrog.com.au/Companies/Binalong-Cottage-Kindergarten

ひとくちに「教育」といってもその守備範囲はひろい。

今回は、就学まえのこどもたちとキンダーガーデンから
小学校低学年の児童やその保護者を取り巻く教育環境へと
思いをつなげられたらと思う。

現在の日本と豪州とではおもむきは異なるのだろうか。

移民して、子供を産んで、育てていく。
母国語が英語であるとは限らない。
そんななかで、どのような生活が営まれているのであろうか。

http://www.careforkids.com.au/search/ccresults.asp?areaID=21

http://www.hotfrog.com.au/Companies/Binalong-Cottage-Kindergarten

パラマッタ駅のさらに西。ここの空気を吸いながら、その土地に身を委ね。
そこに住まう人たちに近づいてみたいと思っているところである。

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11/08/2009 Fairfield City Farm

上記写真はカブラマタ近くの自治体訪問のときのスナップ。
園の職員よりコアラの説明を受けているところだが、不謹慎にも私の関心は別のところにあった。

遠足にきている児童と先生がきになっていたのである。
明らかにアングロサクソンが少数派だからだ。

どこから来たのですかと先生に聞いたら、フェアフィールドからだという。
「サラダボール」とも違う何かを感じた。
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by yskkyhh3 | 2009-08-28 04:18
大辞林 i文庫 折口信夫先生を読む
今、はまっているのが
iPhoneアプリケーションの大辞林とi文庫
どちらも「美しい日本語がデザイン」されている。

デザインと言えば武雄市のナカノ君なのだが、
彼のデザインコンセプトよろしく、
操作性が見事にデザイン化されていてすばらしい。


「大辞林」
フォントの大きさをついつい統一してしまいそうなところがうまく回避され、
その代わりとしてデザインされる「文字」の大小が、とても気に入っている。

黒い背景に白抜きで、画面いっぱいに、鮮やかに描かれている。
明朝体っていう選択も実にすばらしい。

「ああ、日本語はこんなに美しくおもむきのある言葉だったのか」とあらたまる心境。
「だった」と、不用意にも過去形にしてしまったが、
これからもiPhoneと大辞林のコンセプトがあわさって、
魅力ある日本語の表現が牽引されていくことを願うひとりである。

開発者に心から敬意を表したい。

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10/07/2009@Alice Springs Town Council

続いて、
感動したのが、i文庫。

なんと「死者の書」が入っている。
折口信夫先生の御本がiPhoneに在る。

このあたりのセンスが輝いていて、実にいい。
優れたアプリには優れた作品が並べられているのだな。

おかげさまで、只今は快適な電車通勤のひとときを過ごさせていただいている。

開発者に心からお礼を申し上げたい。

これからもよいお仕事をお続けください。
ご期待申し上げます。
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by yskkyhh3 | 2009-08-27 06:14
2009 Multicultural Marketing Conference@The Westin Sydney
'Marketing Secrets Unlocked'

- NSW GOVERNMENT -
- COMMUNITY RELATIONS COMMISSION for a multicultural NSW-

Sponsors:
THE AUSTRALIAN , CMC Markets, Commonwealth Bank,
AFL, QANTAS, THE WESTIN SYDNEY, yellow tail.

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26/08/2009 @The Westin Sydney

'Using cultural diversity resources to meet diverse needs'
ORIANA ACEVEDO : Multicultural Consultant State Library of NSW

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by yskkyhh3 | 2009-08-27 05:43
オーストラリア多文化主義の軌跡
「2001年6月5日初版第1版発行 吉浜精一郎著」の御本を紹介。
第4章 オーストラリアの教育改革より拝読させていただく。

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09/07/2009 Alice Springs : Birth place of a Town

1.ニュー・サウス・ウェールズ州の教育改革に関する予備的考察

1960年同化政策時代 
オーストラリアにおいて教育の危機が叫ばれ、その原因は生徒数の急激な増加、そして、それに見合う財源、施設、設備、教員数の決定的な不足。

1966年 白豪主義政策の転換 統合政策
1973年 白豪主義の廃止

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by yskkyhh3 | 2009-08-27 05:05