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武雄後藤家のこと
2月8日(木)からは北海道雄武町へ、16名の児童とともにいよいよです。
児童の事前研修は、1月28日(日)全員出席により無事終了しました。

事前研修は武雄市図書館・歴史資料館に出向き、
川副学芸員の講義を拝聴。

私は参加できませんでしたが、みんな良かった、勉強になったとの感想でした。
急遽ではありましたが心良く対応してくださり感謝申し上げます。

準備した甲斐がありました。
また、打ち合わせの折も沢山の図録をご案内いただき、感激しました。

なかでも、2000年10月1日発行 「開館記念特別展 武雄 〜鍋島家・温泉・やきもの〜」は、1ページ目から興味深く、開館にふさわしい編集がなされた良い図録ですね。

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佐賀県重要文化財の薬師如来立像からはじまる武雄後藤家の紹介は本当に素晴らしい。
地元では通称「焼き薬師」とよばれているこの立像の意味がよくわかります。

その背面の銘文は以前このブログでも紹介させていただきましたね。
北方町方面からは医王寺から、橘町からは鳴瀬から登る杵島山系にあります。

前九年の役(1051から1062)で戦功のあった後藤章明が、塚崎荘の地頭となったのが、
武雄鍋島家の始まり。

戦国時代の杵島郡内の有力豪族、後藤家。
その第4代目が宗明。(立像背面の銘文には藤原宗明とあります。)

この図録の背面に記される執筆・編集・題字・協力者の名前。
なるほどとうなずけます。



さあ、雄武町へ

児童が一生懸命に書いたであろう「わたしのまち、私の学校」。
原稿も、ほぼ集まりました。

目下、事務局は、持参する小冊子の編集中です。
出来たら雄武町のお友達に心を込めて渡したいですね。

The child's prior training ended safely by attendance on all Sunday, January 28.

The manuscripts gathered almost, too.

Now, the secretariat is editing the brought pamphlet.

When it is possible to do, I want to be with love to the friend in the Omu-cho and to pass it.
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by yskkyhh3 | 2007-01-31 06:06
再生法
今日の西日本新聞のトップ記事は興味深い。

植林放棄地の再生法の開発が九州大学で進められていくことが載っているからだ。
九州内で、人工林伐採後に再植林しないまま放置している面積が、1244ヘクタール。

県別では宮崎、大分、福岡の順に多いらしい。

山は生産性が低いから、農家からは敬遠されるのが現状である。
農家の会合に参加すれば、田んぼで精一杯という。

そのかわり若い都会の学生が汗を流してくれているのを皆さんご存知か?
度重なる土砂流出の様子をみても、山の保全は大事なのにそこまで手が回らないのだ。

九州大学農学研究院の吉田教授をはじめとする研究グループの更なる発奮を期待してやまない。

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The lead story of today's The Nishinihon News paper is interesting.

It is because it is recorded that the development of the reproduction method
of the afforestation abandonment ground is advanced in Kyushu University.
The area that has been left without afforesting it again after the man-made
forest is deforested in Kyushu is 1244 hectares.

A lot in the order of Miyazaki, Oita, and Fukuoka in each prefecture. seem

In the mountain, because productivity is low, it is a current state
that it is kept at a distance by the farmer.
It is said utmost in the rice field if participating in the farmer's
meeting.

Does the student in a young instead city throw the sweat and do you know that it is you?
Neither the nature nor the hand so much turn round the maintenance of the mountain even if
the appearance of the earth and sand outflow that happens one after another is seen though it is important.

Expecting the research consortium to rouse including Prof. Yoshida at the Kyushu University agriculture research academy further doesn't stop.
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by yskkyhh3 | 2007-01-30 06:03
ビスタ
カタカナ表記にしてみました。
Vistaは「ヴィスタ」ではなく「ビスタ」のようであります。

本日午前0時のVista発売まで長く待ったという感じですね。
でも、私は待ちきれず、家庭ではMac OS Xのユーザーであります。

職場では98から2000、WindowsXPと使わせていただいております。
XPのサポートが当初の予定より延長とのこと、当分変わらないでしょう。

この前、橘小学校に所用でいったら、Meを使っているとのことでした。
これでは授業にならないとの声も聴こえます。

私も個人的にMeを使っていた時期がありましたので、
よくわかります。

新しいOS、ウィンドウズ ビスタ。
とにかく安定したOSであることを期待しております。

同時に、Mac OS X Leopardが楽しみになってきました。
そして、googleOS。期待しています。もちろんオープンソースで。

もはや、デスクトップではね・・・。全てはウェブから・・・。


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It made it to the katakana mark.
Vista is not "ヴィスタ" and is like"ビスタ "

It is feeling of having waited even for the Vista sale at 0:00AM
today long.
However, I cannot finish waiting, and it is a user of Mac OS X in the
home.

I will use it from 98 with 2000 and WindowsXP in the office.
The support of XP changes, and the extension was said and, for the
present, not to be going to change from the schedule at first.

I hear that Me was used when saying to TACHIBANA elementary
school by business ahead of this.
The voice of not becoming a class with this is ..listening...

It understands well because there was time when I also was personally
using Me.

New OS and Windows Vista.
Anyway, it is expected that it is steady OS.

Mac OS X Leopard has become the enjoyment at the same time.
And, it expects it of googleOS. Of course, in open source.

Though all are the rotting one ・・・↑
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by yskkyhh3 | 2007-01-30 04:42
学びの道
平坦だったらどんなに楽であろうか。
学問は、山あり谷あり、険しいのである。

この春、君は地元の中学校に入学するであろう。
兄ちゃんと同じ中学に進むことを受け入れてもらえなかったからね。

致遠館は狭き門だったな。
残念。

週末は親子で落ち込んだけど、今日から気を取り直して頑張ろう。
次は高校受験が待っているからね。

お父さんも頑張るよ。一緒に勉強しよう。

君は地元の方々に見守られて手厚く育てられるであろう。ありがたいことじゃないか。
考えてみれば、最も自然な学び方なのだね。地縁の中で学ぶということは・・・。

良い機会じゃないか。
これまでの小学校の友達と、より深い絆をつくろう。

そうして、君たちは地元の範(かがみ)となるのだよ。
ひいては世の範となるのだ。

お父さんは、そのことを忘れかけていたよ。
恥ずかしいことだ。

さあ、学びの門をくぐろう。
みんなで楽しく学ぼう。

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お父さんも今晩から猛勉強を開始する。
これから2ヶ月間でどこまで進めるかご覧あれ。
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by yskkyhh3 | 2007-01-29 06:59
大砲と科学
武雄市蘭学館の一番奥に鎮座する黒い大砲。
拝見するとイメージはどんどん広がるのです。

・・・・。

そもそも日本には、長崎には、大砲は無かった。必要なかった。
穏やかな平和な時が流れていたのだ・・・。
しかし、突如として海から大砲を向けられたとき、武士は怖かったろう。

刀では・・・とうてい。ハが立たない。といったところか。
おろおろするばかりだったろう。なす術が無く、無念だったろう。

それは、恥となって日本人の深層に宿る。

そう。恥が学問することへと誘ったのだ。
屈辱が原動力となり、科学技術は進歩したのだ。

幕末から明治維新は、凄い。
洋式鉄製大砲の鋳造から蒸気船の建造。

反射炉。

なんか、わくわくする。
プロダクトはいつも楽しいものなのだ。

ところで「華麗なる一族」観ていますか?
私は一回目は視聴しました。二回目はチャンネル変えました。
「googleの世界戦略」みたいな番組をみました。

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話を戻して。

日本初の反射炉は、1850年10月2日、
現在の佐賀市立日新小学校付近に建造されたそうです。

その後、幕府発注のボイラーの完成。
時は1863年10月11日。

モノを創るという大業。佐賀が誇れる業なのです。
大砲に、佐賀に、諸先輩たちの偉業と崇高な精神を感じるのです。
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by yskkyhh3 | 2007-01-26 21:30
青少年と科学
佐賀県江北町「ネイブル」で科学の祭典が開催されます。
1月27日(土)28日(日)10:00から16:00

くわしくは大会ホームページまで。
武雄市少年少女発明クラブも参加いたします。

追加↓

武雄市少年少女発明クラブでは、公開講座を企画しております。

2月24日(土)9:00から12:00武雄市文化会館で開催予定です。
電波適正利用推進協議会さんと武雄市朝日町の中村先生のはからいです。

武雄市少年少女発明クラブの皆さんをはじめ、
受講生25名様を対象に「電子工作」を楽しみながらの講座です。

詳しくは後ほどお知らせできるかと思います。
今しばらくお待ちくださいね。
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by yskkyhh3 | 2007-01-26 07:20
硫黄島からの手紙
1月20日は、次男坊の中学受験の日であった。
2年前の長男の時と同じように佐賀の受験会場まで送っていった。

そうして待ち時間を、前回よろしく映画鑑賞に使わせていただいたのだ。
2年前は「北の零年」が上映されていた。

今回は「硫黄島からの手紙」。
クリント・イーストウッド氏とスティーブン・スピルバーグ氏の制作である。

妻は、戦争映画にはあまり興味を示さないのだが、これには快くつきあってくれた。
キーワードの一つは、玉砕であるのだが・・・。

黒澤明監督が生きていらっしゃったら・・・と、思いつつ観ていた。
先日DVDで「七人の侍」を観たばかりだったので、印象は強い。

その影響からか、この映画の鍵を「如何に生き抜くか」とみることが出来た。
これが制作側の意図するところであろうと受け止めている次第である。

良い、141分を過ごさせていただいた。
なかで も「生き抜くこと」を演じている二宮和也氏に共感できるような作りが気に入った。

渡辺謙氏の演じる栗林忠道陸軍中将と
二宮和也氏の西郷昇陸軍一等兵にこそ、往事のリアリティを感じる所以ではあるのだが。

「七人の侍」が百姓と武士を鮮やかに描いたとすれば、
「硫黄島からの手紙」は職人と軍人とが描かれている。

双方、妻と子と戦場を背景に、その人となりや生業が巧みに表現されている。

歴史上の人物に対しても、
映画制作の先人に対しても、
深い深い呼吸とともに畏敬の念を抱く映画なのである。
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by yskkyhh3 | 2007-01-22 21:04
武雄の蘭学 入門編
雄武町への武雄市児童交流派遣準備が着々と進んでいる。

1、わたしの町や学校のこと
2、佐賀と北海道の関係
3、あいさつ文の作成

児童たちは、おそらく保護者の方と一緒に宿題に奮闘していることだろう。
このほか、本団の児童達の興味は広範囲にわたっていることが研修からわかった。

最も多かったテーマが、「北海道の遊び」である。
子どもたちらしい着眼点で柔軟だ。
また、「アイヌ」について知りたいという子もいた。

それではということで、早速、旅行業者に日程調整が可能か問い合わせをしている。
北海道の歴史や文化を学べる「北海道開拓記念館」を見学したいのである。

実はわたしは親子で見学したことがある。立派な歴史博物館なのである。

武雄はというと・・・ありますよ。
そうです「エポカル武雄」。そこに「蘭学館」
が常設されています。

前置きが長くなりましたが、武雄の蘭学 入門編ということで・・・。
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さて、ここからが本編。

いわゆる「フェートン号事件」は肥前藩にとって屈辱であったろう。
1808年(文化5年)8月イギリス軍艦が不法に長崎港に侵入。
オランダ商館員を捕らえ、薪・水・食糧を得て退去した事件。

当番の肥前藩主は責任を問われ逼塞を命じられたのだ。

それから20年後
この事件で味わった屈辱を晴らすため、西洋の優れた軍学を学ぶ動きが出てきた。
その先頭に立ったのが鍋島茂義。

1830年
茂義はこのころ長崎でオランダ船を見学。
西洋の進んだ科学力に深い感銘を受けた。
蘭学の積極的な導入の開始である。

高島秋帆に面会。
武雄で洋式大砲鋳造に着手。
鋳造所は、塚崎城二ノ丸跡(現在の武雄高等学校内)

1837年
武雄真手野台場で高島流砲術による大規模な演習。

1840年
神埼で藩主直正に武雄の砲術を披露する。

「人間は一生のうちに多くの仕事を成し遂げた者が長生きしたことになる。
たとえ長生きしたとしても、成し遂げた仕事が少なければ、
早死にしたのも同様である。」(蘭学の精神)

この精神は今も武雄に住まう人たちに引き継がれていると思うのである。
つづく
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by yskkyhh3 | 2007-01-20 05:46
おかげさま
昨日、一本のメールをいただきました。
吉田さんと井上さんからであります。

ここに公開させていただきます。
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モリさん:

お久しぶりであります。
「佐賀のがばいばあちゃん」の時にエキストラとして採用していただいた佐世保の吉田です。
連れの、(中略)喪服の婦人役で出させていただいた井上もおります。

「佐賀のがばいばあちゃん」成功おめでとうございました。
ほんと、かなり反響良いみたいでよかったです。

あの時期の、っていうか準備段階からの・・、最後までの・・
森さんたち関係者の人たちの努力が実を結んだ形となってほんとよかったですね。
ご苦労様でした。

あれ以来、“武雄市長の部屋”と、モリさんのホームページは
毎日欠かさずチェックするようになりました。

ほんのちょっとの関わりではありますが、同じ武雄高校出身としてうれしかったです。
武雄という街に再び係わり合いがもてたことに感謝しております。

去年の暮れから、「佐世保地区の宣伝マンは俺だ〜!」ってな感じで、
「佐賀のがばいばあちゃん」を佐世保の人にも見てほしくて、
俺と係わり合いのある飲食店・会社・個人など片っ端からかまわずチラシを配ったり、
ポスターを貼らせてもらったり、年賀状で知らせたりと頑張っちゃいました。

おかげさまでみんな見てくれてたりしたもんで、
佐世保地区も視聴率調査なるものがあったら、
結構な数字が出ていたんじゃないかと思うんですけどね〜。

あの「さがのがばいばあちゃん」の準備室(?)でモリさんに俺が熱く語っていた
”武雄の園田屋の10円饅頭”の話ですが、おぼえてらっしゃいますか?

あれから色々先代とも話をしてやっていけるかだの、レシピだの・・・
その他モロモロの事を相談に行ったりしていたんですけど、
なかなか今のご時世、
10円で饅頭を作るのは至難の業じゃないってことだけは重々分かったんです

けど、

もっともっと時間をかけて武雄の代表銘菓となるべく世に出しても恥ずかしくないようにしたいので、
オリジナルの10円饅頭のようにはいかないかもしれませんが、
現代に合うように、それこそ“食育”の事も考えた10円饅頭を立ち上げたいと思ってます

ので、

あと1〜2年は準備に費やしたいと・・・・・・。

気の長〜い話かもしれませんが、オリジナルに負けないくらいのものを作りたいので、
なんとかやってみようと・・・・・。

「佐賀のがばいばあちゃん」が縁でこれからもなにかとお世話になると思いますが、
佐世保にもこういう奴等がいるということを、モリさんの頭の隅にでも(中略)

お礼まで。

どーも
吉田&井上


いまの武雄は、吉田さんや井上さんのような方々に広く支えられているのですね。
つくづくそう思います。今後ともよろしくご教示ください。

写真を拝見して、お仕事も順調のようですね。
画像は英文字と電話番号をカットしてトリミングしました。↑

返信より抜粋↓


吉田さん井上さんへ
・・・・(中略)

井上さんの喪服での後ろ姿。そのクリップは鮮烈な印象でした。
ごくごく短いカットにも関わらず、ものすごい説得力で、いまでも脳裏に焼き付いております。

また、吉田さんは番組宣伝も強力にすすめられ(中略)
その献身的なお姿が目に浮かぶようです。

お二人とスタッフルームでお会いし、
お話させていただいたことを思い出し、心から幸せを感じます。

また、お会いしたいですね。
その時は、10円まんじゅうの話で盛り上がりましょう。

吉田さんのお人柄だったらきっと成功しますよ!!


本文中の「・・・ものすごい説得力で、いまでも脳裏に焼き付いております。」は
「ものすごく美しい映像で、いまでも・・・」の書き方がよいと今思っています。

おかげさまで私もこうして元気でやっています。
健康第一。今日も頑張ります。
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by yskkyhh3 | 2007-01-18 03:25
よい負け戦の話
久しぶりにDVDを観た。
「七人の侍」である。

黒澤明先生の魂を感じる3時間。
脚本からカメラワーク、音、全てが今に生きている。

若い「勝四郎」に「五郎兵衛」、六がなくて「七郎次」、
愛想の良い「平八」と無愛想で凄腕の「久蔵」、
歴戦の武士「勘兵衛」と百姓の戦災孤児であった「菊千代」の7人の侍。

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コッポラもルーカスもスティーブもみんなみんな
この映画に育てられたと行っても言い過ぎではあるまい。

百姓と武士のリアリティがそこにある。
深い深い人間の姿が描かれている。

そうしてまた「負け戦」。勝っても戦死者が出れば負け戦なのだ。
勝者は誰か。田づくり人の強さとしたたかさ。これが勝ちなのだ。

昔も今もこれからもこの構造はかわらないだろう。
もっぱら現代は神経戦の空中戦なのだが・・・。
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by yskkyhh3 | 2007-01-16 23:58