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竹林の美
言葉は要りません。そのまま直指庵へ、行って来てください。

・・・・。

よくお戻りくださいました。

このように美しい竹林を維持管理なさっておられる方は、
どんな方なのだろうかと思わせる見事な写真です。

きっと良い土着菌が生息している事でしょう。
恐れながらも、そっと足を踏み入れてみたくなります。

画像だけみて、
行ってみたくなる衝動に駆られたのは久しぶりの事です。
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by yskkyhh3 | 2006-06-30 01:59
週刊:若木のくらし
編集:NPO循環型たてもの研究塾さん。
B4・単色・両面刷りのフリーペーパーはすごい!!

発行は、若木新聞販売店さん。
毎週日曜日発行なのです。

週刊ですよ。週刊。
どこからくるんですかこのパワー。

感服いたしております。

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情報が、まさにタイムリーです。
いや、時代を先導なさっているような感さえあります。

毎週のカレンダーも簡潔明瞭。毎週ですよ。毎週。
広告もきっちり。6件、7件。

そして、これがいい。↓
団体やサークル活動の告知を連続4回まで無料で掲載。

プロパガンダを遠く離して感じさせるところが、また、かっちょいい。
スタイルのある町や地区って、きっとこれから移住人口急増です。
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by yskkyhh3 | 2006-06-30 01:49
武雄から始まる 新・竹取物語 5カ年計画編
先日、区長さんとお話いたしました。
7月1日夜に班長会がひらかれるとのことです。
7月4日午後8時からに変更になりました。

そこに、若手も参加させていただきましょう。
持続可能な活動にするため、思いを巡らしています。

収支予算書や貸借対照表、損益分岐を勉強し、
5カ年計画をその筋の方々に見てもらっています。

いまのところ、
「これならいいでしょう。」みたいなご指導をいただいております。

ありがとうございます。Mさん。
(それから、1日までに大口の出資者からのご意見をいただく予定です。)

あと、一番大事なのは「売り込みかた」「営業」とのご指導を受けました。
どんなにいい仕事をしても、次に繋がる楽しみが得られなければ続きません。

若手の意見を取り入れて、営業費用をとっても大きくしておりますゆえ、
覚悟しておいてくださいね。N君。やってもらいますよ。

あんまり言うと、あれなんで、ぼちぼちやっていけるような感じで・・・・、
長老とオヤジさんたちのご意見をあおぎ、一緒に進んでいけたらと願っております。

そいぎん、おいどんも、いっちょ、やってみゅーかのう。
笑って話があえば、これに勝る幸せはございません。
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by yskkyhh3 | 2006-06-29 07:54
風景研究
いつもみる風景も、ある人が撮ればうっとりとするような風景に変わる。
そんな地元の風景を写真や映像を通してご覧になられた事がありますか。

きっと、ハッと思うシーンや、よいショットのいくつかを、
記憶にしまわれていたり、実際に所有なさっておられる方も多いかと思います。

そんな作品は、ある季節のある時間帯に限られる場合が多いから、
風景撮影は結構大変だったりするんですよね。

また、それが観光地や景勝地でなければ、
これまたチャンスは極少ではないでしょうか。

しかし、これからは普通の田園風景や中山間地域の気取らない、
素朴な原風景が大きな価値と魅力、そして新鮮さ持つと考えます。

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この事を私に教えてくださっているのは、樋渡市長です。
帰郷なさってから市長になられるまでのブログを拝見するとよくわかります。

各地区をまわられた時に撮られた写真は何枚におよぶのでしょう。
数々のイメージ、写真の背後で、
市長の緻密な計算が動いているように思うのは私だけでしょうか。

美しいから撮るのはもちろん、これからのいろんな施策と連関していく。
如何に魅せながら構成していくか。

すでに沢山の方々が魅せられています。
そして、これからも益々に広がりましょう。

これは、自治体のブランド化であり、ある意味で商品化であります。
時には「ぬくもり」であったりして、高付加価値をも超えたものにもなります。

何でもないようなものでも、見方や捉え方で、
人を感動させたり、笑わせたりできる。

そこに人が集う。
これがプロの業。
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by yskkyhh3 | 2006-06-28 23:11
アッパレ大通り「三丁目の昼下がり」:6月28日
今日は水曜日。
楽しみの日です。

SBC信越放送の人気ラジオ番組「わくわくわいど アッパレ大通り」
パーソナリティの明るい声と新鮮な話題。お聴き逃しなく。

武雄の方は、ポッドキャスト版のアッパレ大通りで聴けます。
即日アップされているようです。

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ネットでラジオ。長野から。
佐賀も続こう。これからは、地方局。
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by yskkyhh3 | 2006-06-28 07:21
区長は激務
今日、午後6時半頃、区長さんにやっとお会いできた。
近々、班会議をするとのことである。

お話し合いをさせてくださいと申し上げた。
本腰入れて進めなければならないことだ。

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「武雄から始まる 新・竹取物語」を途中でやめるわけには行かない。
幸い、サガロハスの皆さんは、地元のおやじさんたちと気が合う。

お互いいい関係が保たれていると思う。
みんなわかっている仲間だ。

このまえ、5月17日の作業の後、公民館に集った。
そこで、オヤジさんたちから、若手に課題が与えられていた。

もう、田植えも終わっていることだし、そろそろ、
事業の目的や進むべき方向、効果などをご説明させていただきたいところだ。

みんなの得手不得手。したいこと、すべき事を話し合おう。
ぼちぼちと笑いながら、楽しもう。

暗い悲しい話をしても、人はよってこないから。
でも、無理をせず、自然に、事を進めよう。
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by yskkyhh3 | 2006-06-27 22:05
竹林再生は幻想か
竹チップは本当に売れるのか。
植林デートは出来るのですか。

こんな問いを自分に投げかける。
Nくんの胸を借りて問いかける。

有機肥料としての認知はまだ低い。
有機肥料としての実績も知る人は少ない。

過日、福津市のグリーンリサイクルの林田さんにお話を伺った。
「営業に力を入れないといけない。」とのこと。市場開拓はこれからのようだ。

プロも苦労なさっておられる。
区長や地域の人たちの気持ちも、心なしか、いまいちのようだ。

連日の雨のせいか。
どんよりとしている。しかし、樹々の隙間からは明るい空が見えている。↓

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NPOは、県の協議会の予算がつけば研修に向けて動き出すという連絡メールをくれた。
サガロハスのNくんは、行政から助成金を当てにするような事業は如何かと投げかける。

こういった状況で竹林再生は成功に向かうのか。
今ならまだ県協議会への申請を取り下げられる。

今一度問いたい。本当のところみなさんどうなんですか。
地区住民とNPOとサガロハスの皆さん。どうなんですか。

どうやら本気で話し合うときが来たようです。
誰か、集まろうの声を挙げてくださいませんか。
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by yskkyhh3 | 2006-06-26 21:56
NPOとまちづくり
昨年の今頃からだったと思う。
あたらしいまちづくりへの序章がスタートした。

国道34号バイパスと町道北方中央線に向けられた
住民主体の新しいまちづくり構想のことである。

実はそれより前の年度から、同様のテーマで
行政側と NPOとで業務委託契約が交わされ、作業がなされていた。
作業は若手役場職員数人と受託したNPOの理事である。

成果品を見れば、地域資源が事細かに列挙され、
町が持つポテンシャルがドキュメントで明らかにされている。

「続けて、今度も職員で。」と、促されてはいたようだが、何か問題があったのか。
結局、役場職員の活動は再開することはなかった。

こういう背景を経て、このあたりから関わったのが私である。
ひろく住民に呼びかけ、あたらしいまちづくりを模索しようとなった。

数人のメンバーが集った。
きたがた未来まちづくりの始まりである。

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メンバーの積極的な発言によって、活発な活動になった。
自分たちで企画し、数十人の住民を集めて、意見交換会を実施しようとなった。

結果は評価に値するところであるが、
同時にこの頃から少し様子が変わってくる。

住民活動として正しく役割は果たされているのか。
意見交換会を間近に控えた夜のことだった。一本の電話が入った。

「セクトですか。」
私は一瞬たじろいだ。

任意で集まった純粋な気持ちを持った住民活動も、
見方では電話の先のこの方のように、セクトと思われる場合もあるのか。

しかし、この方は、最後に以下のようなことを言われたと記憶している。
「自分たちのまちは合併して寂しくなった。失敗だ。こうならないように頑張ってください。」

自分たちの町を、地域を、地元を憂う言葉だ。
この電話は、私にいろいろ教えてくれた。

まちづくりメンバーは、自らを「地元住民」と思ってはいるが、はたしてそうなのか。
地域コミュニティでもなく地域社会の代表でもない。
ましてや地縁組織でもなく、その代表の集まりでもない。
老人会や婦人会でなく、区長会でもない。

住民団体のなすことは、町にとって、地域にとって本当に合意形成される礎となれるか。
こう思索していた頃、NPOとのコラボレーションによるまちづくり構想策定となった。

きたがた未来まちづくりのメンバーは反発した。
「自分たちはボランティア、NPOは行政側から業務委託契約されている。」これが発端だ。

「自分たちの町は自分たちが一番よく知っている。NPOはよそのひとだ。」といった具合。

NPOはNPOで、これまでの実績と専門分野でのプライドがある。
「素人集団の構想はぼやけている。具体性に欠ける」といったところか。

しかし、双方、住民活動にかわりはない。
まちづくりは、こういった紆余曲折を経ながら、行政側に戻ってくるのだろう。
そうして、議会で審議され、すすめられて行く。これが現実。

昨年度末、私はきたがた未来まちづくりのメンバーをはずれた。
今は行政側の担当係として、その活動を見守る立場となった。

きたがた未来まちづくりの本年度の活動が期待されている。
市民活動の本質を十分に発揮されることを願うひとりである。
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by yskkyhh3 | 2006-06-25 22:14
地域コミュニティとSNS
地縁的な組織が「地域社会」に機能していることは、
ある程度整理できたと思います。

今日は、地域コミュニティです。
Web上で、検索するとその範囲が結構多岐に渡っているのがわかります。
また、SNS、「ソーシャル・ネットワーク・サービス(サイト)」も同列でヒットします。

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「コミュニティ」は、昭和44年の国民生活審議会の答申であるところの、
「コミュニティ ー生活の場における人間性の回復ー 」に見ることができます。

昭和46年度から「モデル・コミュニティ地区施策」がはじめられました。
公共施設(コミュニティセンター)の設置に向けられた財政支援策です。

対象となる規模は、小学校通学区域程度で、人口1万人程度とされました。
ここで、街区や施設、住民運動を含む、コミュニティ計画が作られていきました。

以前から共同体として機能していた伝統的な地縁組織の「地区」や「町内会」に加えて、
婦人会、老人会、青年団、PTAなどのコミュニティ活動が奨励され、
地域の振興のための取り組みがすすめられました。

こういったスタイルが、ある程度維持されながら、いまに至っていると思います。
つまり、「地縁組織をベースにした、住民個人の活動の場の広がりが、
地域コミュニティの機能である」と整理してもよいかと思います。

SNSについては、狭い意味で言えば、
「リアルな地域コミュニティ活動を補完するウェブツールである」と整理できるかと思います。
mixiに触発されてか、総務省長岡市千代田区で実施なさっています。

情報の共有スピードや面的に広範囲であるところなど、
Web2.0時代を象徴する地域コミュニティの姿と言えるかとおもいます。

今日の雨による近所の状況なんかが「SNS」でやり取りされているのでしょうか。
次は、NPO、NGOあたりで。
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by yskkyhh3 | 2006-06-25 19:02
地域社会と人情
先日、会合で、「武雄にあるもの」をカードに記述する作業をした。
なかでも新鮮だったのが、「人情」「義理」といった言葉があらわれたときである。

私よりも若い方々から出てきたこの言葉に、正直、新鮮さと驚きを隠しきれなかった。
そして、地域社会の「範」はしっかりと継承されているなと直感した。

これは大きな財産だ。
武雄の重要な宝物だ。

さらにすすむと、「つつみこむ」という言葉がでてきた。
深い意味が込められているようで、次の言葉が生まれるのを静かにまった。

「なんかをこう、『包み込むぅ』、というイメージです。」と、静かに言われた。
このとき、ここにいる人の間で、緩やかに湧いてきたイメージを繋ぐ。

包んでくれる。守ってくれる。安心感。安全。優しさ。包容。抱擁。
言葉は純粋に連鎖しながら、班のコンセプトとして昇華する。

わっかもんプロジェクト。武雄の市民活動として、緩やかに、しっかりと動きだした。
武雄映像倶楽部。手応えは確かだ。

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地域社会をキーワードに、「市民活動」「地域コミュニティー」あたりで思索してみたい。

Wikipediaには、次のように記述されている。

地域社会とは地縁関係にもとづく社会集団。
日本の場合、農村であれ都市であれ、神社を中心に成立し、
先祖代々の付き合いをするものとされた。
部外者に対しては極めて閉鎖的で、
結婚や公務員としての赴任など正当な理由なしでは新規参入は困難である。
地域社会は、相互扶助や防犯には有効であった反面、
私生活への不必要な干渉や不合理な義理人情の強制など、
マイナス面も多く抱えていた。


・・・不合理な義理人情の強制など、マイナス面も多く・・・・
とは、随分とんがった記載がなされているではありませんか。こう思うのは私だけかな・・・。
果たして地縁組織の当事者たちは「不合理」とか「強制」とかと受け止めているだろうか。
ここに問題は隠されているような気がする。さらに続けて、


しかし、高度経済成長以後、都市近郊の農村には大量の新中間層が転入し、
地域社会は事実上崩壊していると言えるだろう。
近年は犯罪や隣人トラブルの激増等による影響を受けて、
地域社会の復活を訴える声が各方面から多く上がっている。


これまた、「事実上崩壊」とは悲しい記述である。

あまりこう言う風に批評めいたことを書くと陰湿な攻撃を受けたり、
執筆者にも失礼になると思いますのでこの辺でやめておきます。

・・・地域社会の復活を訴える声が各方面から多く上がっている。・・・・
これは、その趣旨を察すれば、わからない訳でもない。

ただ、地域社会は訴えの声をあげて復活できるものではないと思う。
これは論理的に考えても明らかだろう。

私だったら「地域社会へ回帰している」と結びたいところだ。
換言すれば、
ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへの変遷から、再び伝統的社会形態に回帰している。
こういったところか。

地域社会はその地域の人たちで形成されるもので、訴えによって復活するのではない。

これまでの伝統とか不合理なものを、ありのままに受け入れることの大切さを、
地域社会は、細々と、そして綿々と継承してきた。

そうして再び今、私たちをして思い出させてくれているのだ。
こういう私も思い出させてもらっている一人なのだが・・・・。

つづく。
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by yskkyhh3 | 2006-06-24 21:37